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ネイチャーポジティブとは?生物多様の新常識と企業の取り組み、学生が知るべきキャリアの未来を徹底解説

update: 2026.4.13

ネイチャーポジティブとは?生物多様の新常識と企業の取り組み、学生が知るべきキャリアの未来を徹底解説

「脱炭素」や「カーボンニュートラル」という言葉は、すでに多くの学生にとって馴染みのある概念になりました。ところが今、世界の政策・投資・経営の現場では、それを包含するほどの重さを持つ新しい概念が急浮上しています。

ネイチャーポジティブ(Nature Positive)です。

地球上の生物種の絶滅スピードは、過去1000万年の平均と比べて10〜100倍に達しているとも指摘されています。森林の消失、海洋汚染、気候変動が引き金となった生態系の崩壊は、私たちの食料・水・医薬品・素材のほぼすべてを脅かす危機でもあります。こうした状況を「止める」だけでなく、「反転させ、回復させる」ことを目指す概念がネイチャーポジティブです。

そしてこの概念は今、企業経営の中核に入り込みつつあります。投資家は「自然への依存と影響」を財務リスクとして評価し始め、就職市場では「自然資本」への理解が新たな差別化要素となっています。

この記事では、ネイチャーポジティブの定義・国際的な政策潮流・企業の具体的な取り組み・そして学生がこの分野でキャリアを描くための視点を、一次資料に基づいて体系的に解説します。

ネイチャーポジティブとは?生物多様性を「回復」させる新しい指標

言葉の定義:2030年までに自然をプラスに転じさせる

ネイチャーポジティブとは、PwC Japanグループの整理によれば「2020年を基準として2030年までに自然の損失を止め、反転させ、2050年までに完全な回復を達成する」ことを目指す概念です。

参考:PwC Japanグループ「ネイチャーポジティブ」 https://www.pwc.com/jp/ja/services/sustainability-coe/nature-positive.html

 

キーワードは「反転(Reverse)」という動詞です。従来の環境対策は、主に「現状より悪化させない」「損失を最小化する」という発想に基づいていました。しかし、これではすでに進行している生物多様性の崩壊を止めることはできません。

ネイチャーポジティブが要求するのは、単なる「マイナスをゼロに近づける」ではなく、「ゼロを超えてプラスに転じさせる」という、質的に異なる目標設定です。日本語では「自然再興」とも訳されます。

2023年3月に日本政府が閣議決定した「生物多様性国家戦略2023-2030」においても、「2030年までに、ネイチャーポジティブ:自然再興を実現する」が中核目標として掲げられており、この概念はすでに国家政策の文脈に組み込まれています。

参考:環境省「生物多様性国家戦略2023-2030の概要」 https://www.env.go.jp/content/000124382.pdf

カーボンニュートラル(脱炭素)との決定的な違い

「ネイチャーポジティブ」と「カーボンニュートラル」は、しばしば同列に語られますが、両者の関係と違いを正確に理解しておくことが重要です。

カーボンニュートラルは、CO2(二酸化炭素)をはじめとする温室効果ガスの排出量と吸収量をバランスさせ、実質ゼロにすることを目指します。気候変動という単一の問題軸に特化した目標といえます。

一方、ネイチャーポジティブが対象とするのは、気候変動を含む自然界全体——水循環、土壌、生態系、生物種、遺伝的多様性——の総体です。気候変動は生物多様性の損失要因の一つではありますが、それだけがすべてではありません。土地利用の変化(農地開発・都市化)、直接的な自然資源の過剰利用、汚染、外来種の問題なども、生物多様性を脅かす主要な要因として存在します。

この関係を整理すると、以下のようになります。

概念 主な対象 目標
カーボンニュートラル 温室効果ガス(CO2等) 排出量と吸収量を均衡させる(ネット・ゼロ)
ネイチャーポジティブ 自然全体(水・土壌・生態系・生物種等) 自然の損失を止め、回復軌道に乗せる(ネット・プラス)

重要なのは、カーボンニュートラルを達成しても、ネイチャーポジティブは達成できないという点です。脱炭素のために植林を進めても、それが外来種の単一植林であれば生物多様性を損なうこともあります。2つの目標は補完的でありながら、別々に評価・管理される必要があります。

IUCN日本委員会は「GBFの中で、2030年ミッションの章に掲げる『生物多様性の損失を反転させ、回復させる』を略したネイチャーポジティブという言葉」だと整理しています。生物多様性の損失と気候危機への「統合的な対応」が、今後の地球環境政策の大きな方向性です。

参考:IUCN日本委員会「生物多様性プラン – THE BIODIVERSITY PLAN」 https://www.iucn.jp/explanation/target2030/

なぜ今、企業はネイチャーポジティブを急ぐのか?

世界的な潮流:昆明・モントリオール生物多様性枠組と30by30

企業がネイチャーポジティブへの対応を急ぐ直接的な背景には、2022年に生まれた国際合意があります。

2022年12月、カナダのモントリオールで開催された国連生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)において、「昆明・モントリオール生物多様性枠組(GBF)」が採択されました。これは、2010年に定められた「愛知目標」に続く新たな世界目標であり、「自然と共生する世界」というビジョンのもと、2030年までに達成すべき23のグローバルターゲットを定めたものです。

枠組みの2030年ミッションは以下のように記されています。

「人々と地球のために自然を回復軌道に乗せるために生物多様性の損失を止め反転させるための緊急の行動をとる」

 

参考:環境省「昆明・モントリオール生物多様性枠組」 https://www.biodic.go.jp/biodiversity/about/treaty/gbf/kmgbf.html

 

この枠組みの中で特に注目されるのが「30by30(サーティ・バイ・サーティ)」目標です。2030年までに陸地と海の各30%以上を、健全な生態系として効果的に保全することを求めるこの目標は、2021年のG7コーンウォール・サミットでも確認され、日本も推進に力を入れています。

日本はこれを受けて、自然共生サイト認定制度を整備し、企業の敷地や里山など民間が管理する土地も「保護地域に相当する区域(OECM)」として認定する仕組みを導入しました。つまり、企業が自社の土地を適切に管理・維持することが、国家目標の達成に直結する時代が来ています。

ビジネスへの影響:自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)の登場

ネイチャーポジティブを「環境問題」から「経営問題」に変えた最大の要因が、TNFD(Taskforce on Nature-related Financial Disclosures:自然関連財務情報開示タスクフォース)の登場です。

TNFDは2023年9月、企業が自然関連のリスクと機会を評価・報告するための最終フレームワーク(v1.0)を正式公表しました。気候変動版の「TCFD」に対する「自然資本版」と位置づけられ、企業の「自然への依存と影響」を財務情報として開示することを推奨しています。

TNFDの開示は、ガバナンス・戦略・リスクとインパクトの管理・指標と目標という4つの柱で構成されます。企業は自社のバリューチェーン全体が自然とどう関わっているかを分析し、そのリスクと機会を投資家に向けて開示することが求められます。

その普及スピードは急速です。環境省の発表によると、TNFDの開示枠組みが公表されて以降、開示に取り組むことを表明した日本企業は約130社と世界最多となっています(2024年10月時点)。ダボス会議2024において公表された「TNFD Early Adopter(早期採用企業)」では、世界320社のうち日本企業が80社を占め、国別で世界最多となりました。味の素、キリンホールディングス、積水ハウス、KDDIなどが名を連ねています。

 

参考:環境省「自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)に対する拠出について」 https://www.env.go.jp/press/press_03929.html

参考:TNFD日本協議会「日本企業80社が自然関連財務情報開示に取り組む」 https://www.keidanren.net/kncf/archives/4378

 

なぜここまで急速に広がったのか。答えは「投資」にあります。ESG投資の拡大とともに、機関投資家は企業の自然関連リスクを財務リスクとして評価し始めています。世界経済フォーラム(WEF)の2020年の調査では、自然の損失によって世界GDPの半分に相当する44兆ドルが崩壊の危機にさらされると指摘されました。反対に、ネイチャーポジティブ経済へ移行することで2030年までに年間10兆ドルのビジネスチャンスを生み出す可能性も示されています。

環境省の試算では、このグローバルな推計を日本に当てはめると、2030年時点で47兆円/年のビジネス機会が生まれるとされています。ネイチャーポジティブは、コストではなく成長の機会でもあります。

 

参考:環境省「ネイチャーポジティブの実現に向けた世界・国の取組と企業に求められる取組」 https://ondankataisaku.env.go.jp/carbon_neutral/topics/feature-03.html

 

社会課題解決に取り組む企業の具体的な事例

サプライチェーン全体で自然を守る企業の挑戦

ネイチャーポジティブへの対応は、工場の緑化や植林活動にとどまりません。今、先進的な企業はサプライチェーン全体——原材料の調達から製造・物流・廃棄まで——における自然への影響を可視化し、経営戦略に組み込もうとしています。

キリンホールディングスは、主力商品「キリン 午後の紅茶」を事例としてTNFD開示を世界に先駆けて実施しました。分析の結果、原料であるスリランカ産茶葉の調達が自然資本(気候・土壌・水)に大きく依存していることを特定し、「持続可能な農園認証取得支援」を対応戦略として位置づけました。「原料が持続可能に調達できなければ商品コンセプトが成立しない」という認識を経営の中核に据えた事例です。

サントリーホールディングスは、飲料メーカーとして「水」の持続可能性を事業の根幹に据えています。「天然水の森プロジェクト」では、全国16都府県26か所で科学的知見に基づいた森林整備を行い、工場で使う以上の地下水を育む「水源涵養」を実現しています。自然の生態系の機能を意図的に強化し、ビジネスの継続性を確保するアプローチです。

これらの事例が示しているのは、ネイチャーポジティブへの対応が「コンプライアンス上の義務」ではなく、サプライチェーンの強靱化とブランド価値の維持という、純粋なビジネスリスク管理であるという現実です。調達先の農地や森林で何が起きているかを把握・改善できる企業だけが、長期的な競争力を保持できます。

 

参考:三菱総合研究所「ネイチャー・ポジティブに企業が取り組む意義」 https://www.mri.co.jp/knowledge/column/20231124.html

 

都市と自然を共生させる「グリーンインフラ」への取り組み

建設・不動産・都市開発の分野でも、ネイチャーポジティブの視点が急速に組み込まれつつあります。その象徴的なアプローチがグリーンインフラ(Green Infrastructure)です。

グリーンインフラとは、自然の機能を意図的に都市や社会資本の設計に組み込む考え方です。雨水を吸収する緑地帯、ヒートアイランドを緩和する街路樹、生態系の回廊として機能する河川緑地——これらは防災・環境・景観・健康といった複数の社会的便益を、自然の力を活用して同時に生み出します。

積水ハウスは2001年から「5本の樹計画」を展開しています。「3本は鳥のため、2本は蝶のために、地域の在来樹種を」という指針のもと、2024年時点で累計1700万本以上の植栽を実施しました。住まいや街の中に小さな自然の拠点を作り出すことで、地域の生物多様性ネットワークの維持に貢献しています。同社はこれを単なるCSR活動ではなく、「積水ハウスを選ぶことで自然との共生が実現できる」という顧客への付加価値として位置づけている点が特徴的です。

ここには重要な示唆があります。「自然を増やすこと」がビジネスモデルの差別化要素になる時代が来ているということです。製品・サービスを選ぶことで生態系が豊かになる——そのような価値の連鎖を設計できる企業は、ESG意識の高い消費者・投資家・採用市場において、明確な競争優位を築くことができます。

 

参考:三菱総合研究所「ネイチャー・ポジティブに企業が取り組む意義」 https://www.mri.co.jp/knowledge/column/20231124.html

 

ネイチャーポジティブが拓く、学生の新しいキャリアパス

ESG・サステナビリティ部門だけではない活躍の場

 

「ネイチャーポジティブに関わる仕事」と聞くと、多くの学生は「環境部門」や「CSR担当」を思い浮かべるでしょう。しかし、これは大きな誤解です。

TNFDの普及によって企業が「自然への依存と影響」を全事業領域で評価・管理しなければならなくなったことは、すべての部門・職種で「自然資本」の視点が求められることを意味します。

 

とりわけ注目したいのは、調達・購買職です。食品・化粧品・アパレル・素材メーカーなど、農林水産物や天然資源を原材料とする業種では、調達担当者が「この農地・漁場・森林は持続可能か」「自然破壊を伴う調達をしていないか」を評価する役割を担う場面が急増しています。これはまさに、ネイチャーポジティブを「業務の一部」として担う職種です。

専門性を活かす「ネイチャーコンサル」や「環境スタートアップ」の台頭

 

ネイチャーポジティブの普及は、新しいビジネス領域も生み出しています。その代表格が「ネイチャーテック」と「環境コンサルティング」の台頭です。

ネイチャーテックとは、自然の観測・評価・管理・回復を支援するテクノロジーの総称です。衛星リモートセンシングによる森林・生態系モニタリング、AIを活用した生物多様性の定量評価、ブロックチェーンを用いたサプライチェーンのトレーサビリティ確保、環境DNAを使った水中・土壌の生態系分析——これらは、ネイチャーポジティブへの取り組みを「測定可能」にするための基盤技術です。ネイチャーポジティブの実現には「何がどれだけ回復したか」を証明する手段が不可欠であり、これを提供するネイチャーテック企業への期待は急速に高まっています。

 

参考:PwC Japanグループ「テクノロジー業界とネイチャーポジティブ」 https://www.pwc.com/jp/ja/services/sustainability-coe/nature-positive/technology.html

 

環境コンサルティングの分野でも、自然資本評価・TNFDコンサルティング・生物多様性影響評価を専門とするサービスへの需要が急伸しています。従来の「カーボン会計」コンサルに加えて、「ネイチャー会計」を行う専門家の育成が業界横断的な課題となっており、この分野は人材不足の状況にあります。

学生の視点からは、以下のような専門性の組み合わせが、ネイチャーポジティブ関連のキャリアにおける強みになりえます。

 

  • 生態学・環境科学 × データ分析: 生態系評価のデジタル化を担う人材として、ネイチャーテック企業や環境コンサルで需要が高いです
  • 経済学・会計 × 環境政策: TNFD対応・自然資本会計の専門家として、金融機関・コンサル・事業会社のサステナビリティ部門で求められます
  • 農学・食料科学 × サプライチェーン管理: 持続可能な調達の実務専門家として、食品・飲料・アグリビジネスで活躍できます
  • 建築・都市工学 × 生態学: グリーンインフラ設計の専門家として、建設・不動産・自治体のまちづくりで貢献できます

 

重要なのは、どの専門性であれ「自然資本という視点を自分の専門に加える」という発想です。ネイチャーポジティブは、既存のキャリアとの掛け算で、新しいフロンティアを開く鍵になります。

まとめ

 

ネイチャーポジティブを一言で表現するなら、「地球の持続可能性のOS(オペレーティングシステム)」です。

カーボンニュートラルが炭素排出という一つのアプリケーション層を最適化しようとするのに対し、ネイチャーポジティブは、食料・水・空気・医薬品・繊維・建材——あらゆる経済活動を支える自然のインフラそのものを回復させようとします。OSが壊れれば、その上で動くすべてのアプリが停止する。そういう問題です。

 

学生にとって、この概念は二つの意味で重要です。

一つは、知識として。ネイチャーポジティブ・TNFD・30by30・生物多様性国家戦略2023-2030——これらの言葉を理解し、企業研究や業界分析に活用できる学生と、そうでない学生の間には、すでに情報の非対称性が生まれています。

もう一つは、キャリアの選択肢として。ネイチャーポジティブが必要とする人材は、「環境が好きな人」だけではありません。調達、開発、マーケティング、IT、金融、政策——あらゆるフィールドで「自然資本という軸を持って考えられる人材」への需要は、今後10年で劇的に拡大します。

 

SocialActCareerに掲載されている企業の中には、サプライチェーンの自然負荷を真剣に評価し、グリーンインフラを事業の核に据え、TNFDの開示に先進的に挑んでいる企業が多数存在します。企業選びの際には、次のような問いを持つことをお勧めします。

 

  • その企業は、自社の事業が自然とどう関わっているかを正直に把握しようとしているか
  • 「自然を増やす」ことが、ビジネスモデルの中に設計されているか
  • 投資家・顧客・従業員・地域社会に対して、自然への影響をどう開示・説明しているか

 

「環境問題に関心がある」という言葉は、もはや志望動機として弱いです。「自然資本が自社事業のどこに影響するかを説明できる」という具体的な理解こそが、ネイチャーポジティブを中核に据えた企業で求められる力です。

この記事をきっかけに、生物多様性や自然資本というテーマを、自分のキャリアと結びつけて考え始めてください。あなたが就く職種がどんなものであれ、自然なしにその仕事は成立しません。それを知っているかどうかが、これからの時代の「社会課題への真剣さ」の一つの証明になります。

 

update: 2026.4.13