
タイのスラム街とは?バンコク・クロントイ地区の実態と支援の今
update: 2025.5.17
急速に発展を遂げるタイ・バンコク。その一方で、都市の片隅には今なお劣悪な環境で暮らす人々がいます。とくに知られているのが、バンコク港近くに広がるクロントイ・スラム。ここでは約10万人が暮らし、インフラの整わない環境の中で、子どもたちや高齢者が日々の生活を送っています。
本記事では、タイにおけるスラム街の定義や歴史的背景、代表的な地域の紹介に加えて、住民の暮らし、教育・治安の課題、そして現地で活動する支援団体の取り組みまでを詳しく解説します。
Contents
タイのスラム街とは?バンコク・クロントイ地区の実態と支援の今

タイのスラムとは?現状と定義
タイのスラム街とは、都市部に存在する正式な土地所有権がなく、インフラも整備されていない居住エリアを指します。特に首都バンコクでは、経済成長の陰で取り残された人々が暮らす地域として、数百以上のスラムが点在しています。
こうした地域では、住宅はトタンや木材などの仮設的な構造で建てられ、水道や下水、電気といった基本的なライフラインすら不安定です。都市の発展に伴い、人々が地方からバンコクへと流入した結果、スラムは自然発生的に拡大してきました。
タイ政府もスラムの存在を把握しており、再開発や移転計画を進めているものの、貧困や土地権利の複雑さが解決を難しくしているのが現状です。
タイにおけるスラムの定義と実態
タイにおいて「スラム」は、単に貧困地域を指すのではなく、政府や自治体によって正式に登録された不法居住地(informal settlements)を意味することもあります。バンコク首都圏だけでも約2,000カ所以上のスラムが存在し、その多くが30年以上の歴史を持つ定住型の地域です。
これらの地域に暮らす人々は、工場労働者や屋台経営者、清掃員など都市を支える低所得層が中心です。一部のスラムでは、自治会や地域リーダーが住民同士の結束を高め、ゴミ収集や地域保健活動なども独自に行われている点が特徴的です。
スラム=混沌・危険というイメージとは異なり、地域によっては安定した暮らしが営まれている例も多く、一様に語れない多面性を持っています。
なぜスラムが形成されるのか?その社会的背景
タイのスラム街は、急速な都市化と経済格差の拡大によって形成されてきました。特に1980年代以降、地方の農村から都市部へと大量の人口が流入し、住居不足と雇用の不均衡が深刻化。住宅供給が追いつかず、空き地や運河沿いに非公式な居住エリアが自然発生的に生まれました。
また、土地の所有権制度が複雑で、貧困層が法的な居住権を得にくい構造も問題です。行政の再開発計画による立ち退きと、再び新たなスラム形成のサイクルが繰り返されてきました。
政府は支援策として低所得者向け住宅プロジェクトを進めていますが、住民のニーズとのズレや手続きの煩雑さが課題となり、根本的な解決には至っていません。

バンコク最大のスラム「クロントイ」
クロントイは、バンコク中心部にあるタイ最大のスラム街で、約10万人が暮らすと言われています。チャオプラヤー川近くの港湾地区に位置し、もともとは労働者用の仮設住宅エリアとして始まりました。
住宅は密集し、道路や排水設備は十分に整っておらず、火災や感染症のリスクも高い地域です。一方で、住民同士のつながりが強く、生活の知恵や助け合いが根づいているという一面もあります。
行政はクロントイ地区の再開発を進めていますが、住民の移転への抵抗や代替住宅の不足などから、プロジェクトは進行が遅れています。
クロントイ・スラムの場所と規模
クロントイ・スラムは、バンコク中心部、チャオプラヤー川沿いの港湾エリアに位置し、首都の経済活動の要所に隣接しています。スラムはおよそ1平方キロメートルの範囲に広がり、約8万人から10万人の住民が暮らしていると推定されています。
エリア内には住宅だけでなく、商店、寺院、学校なども存在し、一つの町のような機能を持つ複雑な構造を形成しています。場所の利便性ゆえに、労働市場へのアクセスは良好ですが、その反面、再開発の圧力も強く受ける地域です。
形成の歴史と経緯
クロントイ・スラムの形成は、1960〜70年代に港湾労働者や地方出身者が移住してきたことが始まりです。当初は労働者向けの仮設住宅でしたが、行政の整備が追いつかず、次第に非公式な住居が密集し、スラム街へと発展しました。
土地の大部分は国鉄や国有地であり、住民は正式な権利を持たずに暮らしているケースが多いため、法的な不安定さがスラムの定着と課題の複雑化を招いています。
現在の開発・再開発の動き
タイ政府は近年、クロントイ地区の再開発を推進しており、高層住宅、商業施設、緑地、交通インフラを統合したスマートシティ構想が進行中です。
ただし、住民の立ち退きや補償に対する不満、移転後の生活の不安から、プロジェクトの進行は容易ではありません。支援団体や一部住民グループは、住民主体の再開発モデルを提案し、政府との対話を求めています。

スラム街の暮らしと課題
住民の暮らしぶり(仕事・家・生活)
クロントイをはじめとするタイのスラム街では、低収入の非正規労働が生活の中心です。住民の多くは市場や港湾、建設現場での作業に従事しており、収入は日給300〜500バーツ程度(約1,200〜2,000円)が一般的です。
住居は、トタンや木材を組み合わせた簡易な造りで、1部屋に複数人が暮らすことも珍しくありません。電気や水道が整備されている世帯もありますが、インフラは脆弱で、雨季には浸水や漏電が問題となることもあります。
生活必需品は地域の屋台や小規模商店で調達され、地域内で経済が循環している構造です。過酷な状況であっても、住民同士のネットワークや助け合いが日常的に機能している点は、都市型スラムの特徴といえます。
教育・医療・治安の課題
クロントイ・スラムでは、教育・医療・治安の3つの分野すべてで構造的な課題が存在しています。
まず教育面では、学校に通えない子どもや中途退学する児童が多く、識字率や学力の格差が深刻です。理由は、学用品や交通費の負担、家庭の労働力としての必要性などが挙げられます。
医療面では、公的保険の適用が限定的で、慢性的な病気やけがでも病院にかかれないケースがあります。近隣にクリニックはあるものの、医師不足や医薬品の不足が課題です。
治安の面では、麻薬の流通やギャングの存在が問題視されており、若年層が巻き込まれる事件も発生しています。警察の対応が遅れがちで、住民の間には無力感や不信感も根強く残っています。
子どもや高齢者の現状
クロントイ・スラムでは、子どもと高齢者が最も脆弱な立場に置かれています。子どもたちは、家庭の貧困や親の失業などの影響を受け、幼少期から働かざるを得ないケースや学校に通えない状況が少なくありません。また、衛生環境の悪さから、感染症や発育不良のリスクも高いです。
一方、高齢者の多くは無年金で、収入源がないままスラム内で孤立しています。介護サービスや地域の福祉制度の支援も限定的で、日常生活のサポートが家族や近隣住民に依存しているのが実情です。
子どもと高齢者を同時に支える「三世代同居」が一般的ですが、家族の生活基盤そのものが不安定なため、支援が追いついていないのが現状です。

スラムツーリズムとは?
スラムツーリズムとは、スラム街を訪れて現地の暮らしや社会問題を学ぶ観光形態を指します。近年、クロントイ・スラムでも現地NGOや教育団体がガイド付きツアーを提供しており、外国人旅行者や学生が社会学的関心から参加しています。
訪問者は、地域の歴史、住民の暮らし、支援活動などを現地の視点から学び、「都市の裏側」を体感する貴重な機会となっています。また、ツアー収益の一部が現地の教育資金や生活支援に活用される仕組みを採用している団体もあります。
ただし、貧困の“見物”に終わらせないための配慮が不可欠であり、訪問の目的や態度が問われるテーマでもあります。
観光客が訪れる理由と背景
クロントイ・スラムを訪れる観光客の多くは、タイの表向きの発展とは異なる現実を知りたいという関心からツアーに参加します。高層ビルやショッピングモールが立ち並ぶバンコクの中心地から数キロの距離に、まったく異なる生活空間が広がっていることに衝撃を受ける人も少なくありません。
また、社会問題に関心のある学生や教育関係者、国際協力の分野を志す若者にとっては、現地のリアルな生活を知ることが学びの機会となっています。中には、ツアーをきっかけにボランティア活動や寄付に参加するケースもあります。
近年では、スラムツーリズムを“エシカルツーリズム”として再定義し、住民の尊厳を尊重した持続可能な交流を模索する動きも見られます。
スラムを訪問することの是非
スラムツーリズムには教育的価値がある一方で、倫理的な是非を問う声も根強く存在します。特に懸念されるのが、貧困を“見世物化”してしまう危険性です。観光客が無遠慮に写真を撮ったり、住民との対話を持たずに立ち去るような行動は、地域の尊厳を傷つけかねません。
また、ツアー運営が地域の利益になっていない場合、商業主義的な“貧困ビジネス”と批判されることもあります。そのため、訪問の際は信頼できるガイド付きツアーに参加し、収益の一部が現地に還元される仕組みかを確認することが重要です。
本質的には、「スラムを見る」のではなく、そこで暮らす人々と“出会い”、理解を深めることが目的であるべきです。訪問者の姿勢によって、支援のきっかけにも、差別の再生産にもなり得るという認識が求められます。
倫理的な懸念と地域住民の声
スラムツーリズムに対する最大の懸念は、外部の人間が「貧困」を一時的な見世物として消費してしまうことです。写真撮影や無遠慮な振る舞いが、住民の尊厳やプライバシーを侵害する行為として批判されるケースも報告されています。
実際、クロントイの一部住民からは、「観光客が訪れても何も変わらない」「自分たちを見下されているように感じる」といった声も上がっています。そうした中、訪問を歓迎する住民もいますが、その多くはガイドや支援団体との信頼関係の上に成り立っています。
このような背景から、ツーリズムを通じた支援や交流が成立するためには、住民側の合意と関与を前提とした“共創型”の関係づくりが不可欠です。ただ見るのではなく、相互の学びと尊重に基づいた関係構築こそが、本来あるべき姿と言えるでしょう。

支援活動と地域の変化
クロントイ・スラムでは、タイ国内外のNGOや地域団体が、貧困の解消と生活向上のための多面的な支援活動を展開しています。
国内外のNGO・支援団体の取り組み
代表的な団体の一つが、タイ人活動家プラティープ・ウンソンタム氏が設立したドゥアン・プラティープ財団。この団体は、教育支援や奨学金の提供、保育施設の運営、災害時の救援活動を通じて、地域に根差した支援を行っています。
ドゥアン・プラティープ財団:https://www.dpf.or.th/jp/
また、シーカー・アジア財団は、貧困層の若者や女性への職業訓練・生活支援・保健医療教育に取り組んでおり、クロントイの若年層に対して就労機会を広げています。
シーカー・アジア財団:https://www.sikkha.or.th/ja
これらの団体は、地域住民と協力しながら、自助・共助・公助のバランスを重視した支援モデルを構築しています。特に、教育と就労支援を組み合わせるアプローチが、貧困の再生産を防ぐ鍵となっています。
教育・生活インフラへの支援事例
クロントイ・スラムでは、教育と生活インフラの両面から支援を行う事例が増えています。たとえばドゥアン・プラティープ財団は、就学前から小中学校レベルの教育支援や奨学金制度を提供し、中途退学の防止と学習継続の環境整備に貢献しています。
教育支援にとどまらず、老朽化した木造住宅の耐火改修や、共同トイレ・給水設備の整備といった住環境改善の取り組みも行われています。これにより、火災や感染症といったリスクの軽減に成功した事例もあります。
また、女性や若者を対象としたPC・手工芸などの職業訓練プログラムも展開されており、生活基盤の安定と地域経済の活性化に一定の成果をあげています。これらの支援は、地域住民が自ら問題を認識し、解決に関わる機会を創出する「参加型支援」として評価されています。
支援がもたらした変化と今後の課題
継続的な支援活動により、クロントイ・スラムでは教育就学率の改善や衛生環境の向上、若者の就労率上昇といった目に見える変化が現れています。特に、保育施設や奨学金制度の充実により、幼少期から安定した教育環境が整いつつある点は大きな成果です。
また、職業訓練を受けた若者が地域内で起業する事例も生まれており、スラムの内部から経済的自立を目指す流れも育っています。インフラ整備や衛生啓発活動により、火災や感染症の発生頻度も減少傾向にあります。
一方で、課題も残ります。支援の地域格差、長期資金の確保、再開発との両立などが代表的です。特に、支援によって生活が安定した住民と、恩恵を受けられない層との分断が生まれるリスクも指摘されています。
今後は、住民主体の意思決定プロセスを尊重し、行政・支援団体・地域が連携した持続可能なモデルの構築が求められます。

タイのスラムが抱える社会課題
経済格差と都市のひずみ
クロントイ・スラムは、タイの経済発展がもたらした都市のひずみを象徴する地域です。バンコクの中心部では高層ビルや商業施設が急増する一方で、そのすぐ隣ではインフラの整わない貧困地域が共存しています。
この格差の背景には、農村からの人口流入と都市部への一極集中、土地政策の不備があります。地方から職を求めて都市に出てきた人々は、正規雇用や公的住宅にアクセスできず、非公式な居住地に住むしかない状況に追いやられてきました。
また、都市開発が進むにつれ、スラムが“開発の障害”として扱われる傾向も強まり、住民の権利が軽視されるケースもあります。経済発展の恩恵が一部の層に集中する構造は、社会的不安や世代間の貧困連鎖を生み出す要因ともなっています。
都市が健全に発展するためには、低所得層を支える仕組みを都市計画に組み込む必要があります。
開発と立ち退き問題のジレンマ
バンコクでは都市開発が加速する中で、クロントイ・スラムの再開発プロジェクトが本格化しています。しかし、再開発と立ち退きは常にジレンマを伴います。行政は「安全で清潔な都市空間」への転換を目的としていますが、長年そこに暮らしてきた住民の生活基盤を脅かす結果にもなり得ます。
多くの住民は、代替住宅の場所や条件に不安を抱えており、「追い出される」ことへの不信感を募らせています。加えて、移転先での家賃負担や通勤距離の増加が生活の質を下げるリスクも指摘されています。
一方で、開発により道路や排水インフラ、住環境が改善されるメリットも存在し、地域内でも賛否が分かれています。このような中で、住民参加型の再開発や、選択肢のある移転計画が求められています。
経済合理性と人間の生活権の両立こそが、今後の都市開発における最大の課題です。
持続可能な都市づくりへのヒント
クロントイ・スラムの事例は、単なる再開発では都市の持続可能性を実現できないことを示しています。重要なのは、物理的なインフラ整備だけでなく、社会的包摂(ソーシャル・インクルージョン)を重視した都市計画です。
持続可能な都市づくりには、以下の視点が欠かせません:
- 住民の意思決定への参加:一方的な立ち退きではなく、対話に基づいた合意形成が必要。
- 安定した居住権の確保:再定住先での法的な保護と生活支援を整備すること。
- 教育・医療・雇用支援の継続性:物理環境だけでなく、人の暮らし全体を支える政策が求められます。
また、NGOや地域コミュニティと行政が連携することで、制度では拾いきれない個別のニーズにも柔軟に対応できます。
都市の発展と社会的公正の両立こそが、真の意味で持続可能な都市のあり方です。
まとめ
タイ・バンコクのスラム街、特にクロントイ地区は、都市開発の影で取り残された貧困と格差の象徴的な地域です。急速な経済成長の裏で、十分なインフラや福祉を享受できない人々が今も過酷な環境に暮らしています。
本記事では、スラムの成り立ちから生活実態、教育・医療・治安の課題、さらにはツーリズムや支援活動、都市開発との摩擦まで、スラムを取り巻く多面的な現実を見てきました。
一方で、地域に根ざした支援活動や住民同士の連携は、着実に変化を生み出しています。今後求められるのは、住民の声を反映した共生型の都市づくりと、誰ひとり取り残さない支援の仕組みです。
スラムは「遠い場所の問題」ではなく、グローバル都市が抱える普遍的な課題のひとつです。私たちにできることは、まず知ること、そして関心を持ち続けることから始まります。
update: 2025.5.17